大判例

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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)217号 判決

東京都目黒区下目黒四丁目九四一番地

原告

有限会社大湯浴場

右代表者代表取締役

大湯勝次

右訴訟代理人弁護士

荒川晶彦

東京都目黒区中目黒五丁目二七番一六号

被告

目黒税務署長

右指定代理人

岩淵正紀

高野利正

村山文彦

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者が求めた裁判

一  原告

被告が昭和四二年六月二八日原告の昭和三八年四月一日から昭和三九年三月三一日まで、同年四月一日から昭和四〇年三月三一日までおよび同年四月一日から昭和四一年三月三一日までの各事業年度の法人税についてした各更正および過少申告加算税賦課決定を取り消す旨の判決

二  被告

主文第一項と同旨の判決

第二主張

一  原告の請求原因

1  処分の経緯

原告は、昭和三八年四月一日から昭和三九年三月三一日までの事業年度(以下「昭和三八年度」という。)昭和三九年四月一日から昭和四〇年三月三一日までの事業年度(以下「昭和三九年度」という。)および昭和四〇年四月一日から昭和四一年三月三一日までの事業年度(以下「昭和四〇年度」という。)の各法人税について、所得金額および法人税額を別表記載のとおりとする確定申告(昭和四〇年度については、修正確定申告)をしたところ、被告は、昭和四二年六月二八日、所得金額および法人税額を別表のとおりとする各更正および別表記載のとおりの金額の過少申告加算税の各賦課決定をした。

2  しかし、被告がした右各更正および賦課決定は、何ら理由がなく、違法であるから、その取消しを求める。

二  被告の答弁および主張

1  原告の請求原因1記載の事実は認める。

2(一)  原告は、公衆浴場を経営する有限会社であり、昭和三八年度から昭和四〇年度までは、東京都目黒区と大田区において公衆浴場を設置していた。

(二)  被告は、原告の右各事業年度の所得について調査をしたが、その実額を把握することができなかつたので、これを推計した。

そして、被告は、以下の諸事情から、原告は、右各事業年度当時法人収支と個人収支とを混同したいわゆるどんぶり勘定による経理を行なつていて、原告の収入金額の一部が原告代表者およびその家族以下(原告「代表者ら」という。)の預金その他の資産の取得費、生計費等として直接費消されていたものと認め、原告の所得を推計するについて、原告代表者らの期中の資産増加額と生計費等の支出金額の合計額から、収入源の明らかな個人収入の金額を控除した金額をもつて原告の除外利益と推計し、これに原告の申告所得金額を加算するほか、必要な調整を加えた金額をもつて原告の課税所得金額とする方法によつたものであり、右は、原告の所得の推計方法として最も合理的である。

すなわち、被告が右推計方法を採用するについて考慮した諸事情は次のとおりである。

(1) 原告は、資本金七〇〇、〇〇〇円の同族会社であつて、出資者の大部分および役員の全部が原告代表者およびその親族によつて占められているいわば原告代表者の個人経営企業同然の会社である。

(2) このような個人企業同然の同族会社にあつては、会社財産と個人財産とを混同して管理、計算するといういわゆるどんぶり勘定による経理が行なわれやすく、まして、浴場業のように収入の大部分が現金である企業にあつては、この傾向が著しい。

(3) 原告の収入および支出の管理は、すべて原告代表者およびその妻が行なつていたから、どんぶり勘定による経理が極めて行なわれやすい状況にあつた。

(4) 原告は、現金出納帳および総勘定元帳を記帳し、備えつけていたが、総勘定元帳は、決算期末において、顧問税理士が一括して一度に記帳したものであつて、真実の取引が正確に記帳されているとは認められなかつた。

(5) 被告の係官が原告の取引銀行等を調査したところ、原告代表者が城南信用金庫目黒支店に稲邑勝次という架空名義を使用して普通預金および定現預金をしていたことが発見されたほか、原告代表者ら名儀の多数の預金があることが確認された。

(6) 原告代表者らには、当時、筒井円治からのわずかな利息収入のほかは、原告から受ける給与と家賃収入以外に収入がなかつた。

(7) 原告代表者らのこれらの個人収入に比して、前記銀行預金等の資産の増加額は著しく多額であつた。

(8) 被告の係官は、原告代表者に右個人資産の増加理由について説明を求めたが、原告代表者から明確な答弁を得られなかつた。

(三)  被告の行なつた原告の各事業年度の所得の推計方法を具体的に示すと、次表記載のとおり、原告代表者らの期中資産増加額(A)を算出し、これに原告代表者らの生計費、不動産経費等、収入金額から支出したことが明らかな金額(B)を算出して加算した合計額から、原告代表者らの収入源の明らかな収入金額(0)を控除した金額をもつて原告の除外利益と推計し、この除外利益に原告の申告所得金額を加算し、さらに昭和三九年度および昭和四〇年度については、前年度更正分所得にかかる事業税の金額を控除する等必要な調整を加えて原告の課税所得金額を算定したものである。

(1) 昭和三八年度

A 資産増加額

〈省略〉

B 資産増加額に加算したもの

〈省略〉

C 収入源の明らかな収入金額

〈省略〉

D 課税所得金額

〈省略〉

(2) 昭和三九年度

A 資産増加額

〈省略〉

B 資産増加額に加算したもの

〈省略〉

C 収入源の明らかな収入金額

〈省略〉

D 課税所得金額

〈省略〉

(3) 昭和四〇年度

A 資産増加額

〈省略〉

B 資産増加額に加算するもの

〈省略〉

C 収入源の明らから収入金額

〈省略〉

D 課税所得金額

〈省略〉

(注)1 △印は、負数を示す。

(注)2 各年度の有価証券のうち投資信託証券は、原告代表者の長男大湯満之の所有にかかるものであり、その内訳は次のとおりである。

〈省略〉

(注)3 昭和三八年度の有形固定資産(建物)の増加については、原告代表者の昭和四〇年分の所得税確定申告書の添付書類の不動産収支明細書における減価償却費の計算欄に、昭和三八年一二月にコンクリート造り物置を取得した旨の明らかな記載があるので、この記載に基づいて計上した。

4  各年度の保険料、税金および医療費は、所得税確定申告書、保険料控除申告書、源泉徴収一人別徴収簿によつて、不動産経費、機械および塀は、不動産所得収支明細書によつて、また、推計生計費は、総理府統計局刊家計調査年報によつて、それぞれ算定した。

(四) 被告が各更正において認定した原告の所得金額は、各事業年度とも、右(三)記載の課税所得金額の範囲内であるから、被告がした各更正は適法であり、右更正にかかる所得金額を基礎として算出される法人税額に基づいてした過少申告加算税の各賦課決定もまた適法である。

三  被告の主張に対する原告の認否および反論

1  被告の答弁および主張2(1)記載の事実は認める。

2  同(二)記載の事実中、原告代表者に(6)記載の収入以外の収入がなかつたことは否認する。

原告代表者には、本件各事業年度当時、次のとおり利息収入および貸付金の元金の回収による収入があつた。

すなわち、

(一) 原告代表者は、筒井円治に対し、昭和二九年以前に一四〇、〇〇〇円、昭和二九年に五〇〇、〇〇〇円、昭和三一年七月頃に五〇〇、〇〇〇円と、三回に分て合計一、一四〇、〇〇〇円を貸しつけ、昭和三一年八月以降昭和四一年六月頃まで毎月一分五厘の割合による利息を受け取つていた。したがつて、昭和三八年度から昭和四〇年度までの同人からの利息収入は、各年度とも合計二〇七、〇〇〇円である(被告は、被告の答弁および主張2(三)において、昭和三八年度中の収入源の明らかな収入として、筒井円治からの利息収入三四、五〇〇円を計上しているが、これは、同人からの利得収入の一部分である。)。

(二) 次に、原告代表者は、昭和三七年四月割橋義松に対し四〇〇、〇〇〇円を貸しつけ、昭和三八年一二月二日頃、昭和三九年六月一七日、昭和四〇年一〇月二〇日および昭和四一年三月六日の四回に分割して元金各一〇〇、〇〇〇円の返還を受け、また、右完済にいたるまで残元金に対する月二分の割合による利息、すなわち、昭和三七年五月から昭和三八年一二月までは毎月八、〇〇〇円、昭和三九年一月から同年六月までは毎月六、〇〇〇円、同年七月から昭和四〇年一〇月までは毎月四、〇〇〇円、同年一一月から昭和四一年三月までは毎月二、〇〇〇円の利息を受け取つた。

したがつて、原告代表者が本件係争事業年度中に割橋から得た収入は、昭和三八年度が元金一〇〇、〇〇〇円および利息合計九〇、〇〇〇円昭和三九年度が元金一〇〇、〇〇〇円および利息合計五四、〇〇〇円、昭和四〇年度が元金二〇〇、〇〇〇円および利息合計三八、〇〇〇円である。

(三) また、原告代表者は、昭和三六年七月三日最上太一に対し五〇〇、〇〇〇円を貸しつけ、昭和三八年八月二日にその返還を受けたが、この間毎月二分の割合による利息(月一〇、〇〇〇円)の支払いを受けた。

したがつて、原告代表者が昭和三八年度中に最上から得た収入は、元金五〇〇、〇〇〇円および利息合計五〇、〇〇〇円である。

(四) さらに、原告代表者は、昭和三八年度以前に目黒区の浴場業者某(同人側の事情によつてその氏名を明らかにすることはできない。)に対し五〇〇、〇〇〇円を貸しつけ、同年度中にその返還を受けた。

原告代表者が得た以上の収入を各事業年度別にまとめると、次のとおりである。

(昭和三八年度)

筒井円治からの利息収入 二〇七、〇〇〇円

割橋義松からの元金回収 一〇〇、〇〇〇円

同人からの利息収入 九〇、〇〇〇円

最上太一からの元金回収 五〇〇、〇〇〇円

同人からの利息収入 五〇、〇〇〇円

浴場業者某からの元金回収 五〇〇、〇〇〇円

合計 一、四四七、〇〇〇円

(昭和三九年度)

筒井円治からの利息収入 二〇七、〇〇〇円

割橋義松からの元金回収 一〇〇、〇〇〇円

同人からの利息収入 五四、〇〇〇円

合計 三六一、〇〇〇円

(昭和四〇年度)

筒井円治からの利息収入 二〇七、〇〇〇円

割橋義松からの元金回収 二〇〇、〇〇〇円

同人からの利息収入 三八、〇〇〇円

合計 四四五、〇〇〇円

原告代表者は、以上の収入を適宜いくつかの預金に振り込んだり、また、引き出して使つたりして、原告の浴場収入と区別した処理をしていない。したがつて、被告主張のように、原告の所得を原告代表者らの資産増加額から推計するとすれば、以上の収入は、原告代表者の収入源の明らかな収入として、控除すべきである。

3  被告は、大湯満之の所有にかかる投資信託証券の増加額を原告代表者らの資産増加額に加えて原告の除外利益を推計しているが(被告の答弁および主張2(三)の各事業年度のA表)、右投資信託証券の増加は、原告の浴場収入と関係がない。右増加分は、大湯満之が継続投資信託の収益累積金によつて買いつけたものである。

したがつて、原告の除外利益を被告主張の方法によつて推計するとすれば、投資信託証券の増加分は原告代表者らの資産増加額から除外すべきである。

4  被告の答弁および主張2(三)の(注)3記載の書類(原告代表者の昭和四〇年分所得税確定申告書の添付書類)に被告主張のとおりの記載があることは認めるが、原告代表者が真実昭和三八年一二月にコンクリート造り物置を取得したことは否認する。

原告大田店の昭和三六年度の建物課税標準は、昭和三二年度のそれと比べて五五九、二〇〇円増加したが、後になつてこのことに気づいた原告代表者は、これは、大田店に戦前からあつたコンクリート造りの物置が新たに課税対象とされたことによるものとみて、昭和三九年からこれについて減価償却をすることとし、原告代表者の昭和四〇年分所得税確定申告書の添付書類に昭和三八年一二月に右物置を取得したもののように記載したにすぎない。

したがつて、原告の昭和三八年度分の除外利益を推計するに当たり、右物置の取得価額を原告代表者の資産増加額に加えることは不当である。

5  次の諸点からみて、被告の推計は不合理であり、原告の申告は合理的である。

(一) かりに、昭和三八年度の除外利益が被告主張のとおり二、七三三、四六七円あつたとすれば、同年度の一人当たり平均入浴料は一九円三八銭(ただし、入浴客の比率を大人八、中人および小人各一とする。)であるから、年間一四一、〇四五人分(月間平均営業日数を二六日、年間三一二日とすると、一日当たり四五二人分)の入浴料金収入の計上もれがあつたということになるが、このような非常識なことはありえない。

(二) 次に、使用水量一立方メートル当たりの平均入浴客数は、各種の調査によれば、次のとおりである。

(1) 昭和三五年東京都経済局実態調査 九・〇九人

(2) 昭和三八年同実態調査 八・六九人

(3) 昭和三五年浴場組合実態調査 六・八人

(4) 昭和四二年五月二八日浴場組合に対する直税部長回答 一〇・八人

ところで、原告の申告にかかる入浴料収入と平均入浴料単価とから入浴客数を算出し、これと客観的な資料によつて明らかな原告の水道使用量とを対比すれば、原告の目黒店および大田店の水道使用量一立方メートル当たりの入浴客数は次のとおりとなり、前記各種調査の結果と符合する。

〈省略〉

これに対して、被告主張の昭和三八年度の推計除外利益二、七三三、四六七円から算出される入浴客数一四一、〇四五人を原告の申告にかかる入浴料収入から算出される目黒店および大田店の入浴客数に加えて、両店舗を合せた水道使用量一立方メートル当たりの入浴客数を計算すると、一一・八人となり、前記各種調査の結果の数値を大幅に上回り、特に昭和三五年浴場組合実態調査の結果の数値の二倍に近い、甚だ不合理な結果となる。

(三) また、原告大田店は、本件係争事業年度後に原告から分離し、大湯満之が引き継いでこれを経営しているが、同人が昭和四二年一二月に右大田店について実施した実態調査の結果によれば、水道使用量一立方メートル当たりの入浴客数は七・四七人であり、同人の同年分所得税青色申告にかかる入浴料収入と水道使用量から算出した水道使用量一立方メートル当たり入浴客数は八・二七人である。この点からみても、原告の申告は妥当なものであるといえる。

6  かりに、被告主張の方法によつて原告の除外利益を推計するとしても、前記2から4までにおいて主張したとおり、原告代表者らの資産増加額を減額し、あるいは、収入源の明らかな収入を増額すべきであり、そのような修正を加えると、原告の推計除外利益は次のとおりとなる。

昭和三八年度 七四六、七六七円

昭和三九年度 八五四、八四一円

昭和四〇年度 八八六、五二二円

右のとおり修正した原告の推計除外利益は、毎年漸増してはいるが、各年度を通じて近似した金額となる。

これに対して、被告主張の推計除外利益は、

昭和三八年度 二、七三三、四六七円

昭和三九年度 一、二二〇、八四一円

昭和四〇年度 一、三三六、五二二円

であつて、昭和三八年度が最も多額であり、昭和三九年度は前年度と比べて約一、五〇〇、〇〇〇円の減少、昭和四〇年度は前年度と比べて約一〇〇、〇〇〇円の増加となつている。

常識的に考えても、被告主張のような変動が生ずることは不自然である。かりに、原告が利益の一部を除外したとしても、除外方法に何らかの著しい変更を加えない限り、各年度の金額は接近する道理であり、ある年度の除外利益が前年度のそれの半分以下に低落するなどということはありえないことである。

前記のとおり、原告の主張によれば推計除外利益がこのように異常な変動をしないことからも、原告の主張の正しさが証明できる。

四  原告の反論に対する被告の認否および再反論

1  被告の主張に対する原告の認否および反論2(一)記載の事実中、原告代表者が本件係争事業年度中筒井円治に対して一、一四〇、〇〇〇円の貸金債権を有していたことは認めるが、原告代表者が筒井円治から昭和三八年度中に三四、五〇〇円をこえる利息を受け取つたことならびに昭和三九年度および昭和四〇年度中にそれぞれ合計二〇七、〇〇〇円の利息を受け取つたことは否認する。

2  同2の(二)から(四)までに記載の事実は全部否認する。

3  原告は、水道使用量一立方メートル当たりの入浴客数を算出して、所得の推計の合理性について論じているが、原告は、水道水のほかに井戸水を営業用に使用していたことが明らかであるから、井戸水の使用量を加味していない原告の計算には合理性がない。また、原告が比較資料として引用する東京都経済局実態調査等の各種調査結果は、浴場業者の任意の申告資料に基づいて作成されたものであつて、高い精度を有するものとは認められない。

五  証拠関係

1  原告

(一) 提出した書証

甲第一号証から第三号証まで、第四、五号証の各一から四まで、第六号証から第一二号証まで、第一三号証の一から三まで、第一四、一五号証、第一六号証から第一八号証までの各一から一一まで、第一九号証の一から一〇まで、第二〇号証の一から一五まで、第二一号証の一から一二まで、第二二号証から第二六号証まで、第二七号証の一から五までおよび第二八号証

(二) 援用した証言

証人割橋義松、同箇井円治、同金山信次、同小林光男および同大湯満之の各証言

(三) 乙号証の成立の認否

乙第五号証の成立は知らないが、その余の乙号各証の成立はいずれも認める。

2  被告

(一) 提出した書証

乙第一号証の一から四まで、第二号証から第二一号証まで、第二二号証の一から五まで、第二三号証の一から三まで、第二四号証から第二六号証まで、第二七号証の一、二および第二八号証から第三〇号証まで

(二) 援用した証言等

証人内田英一の証言および原告代表者尋問の結果

(三) 甲号証の成立の認否

甲第一号証から第三号証まで、第四号証の一から三まで、第五号証の一および四、第六号証から第一二号証まで、第二二号証から第二四号証までおよび第二六号証の成立は知らないが、その余の甲号各証の成立はいずれも認める。

理由

一  本件処分の経緯

原告の請求原因1記載の事実は当事者間に争いがない。

二  原告の営業等

被告の答弁および主張2(一)記載の事実は当事者間に争いがない。

三  所得金額の推計方法の合理性

1  被告の答弁および主張2(二)の(1)から(6)までおよび(8)記載の事実(ただし、(6)記載の事実中、原告代表者に被告主張の収入以外の収入がなかつたとの点を除く。)。は、原告が明らかにこれを争わない。

2  原告は、原告代表者には、本件各事業年度当時、被告主張の収入以外の収入があつたと主張するが、原告の右主張事実は認めるに足りず、原告代表者には当時被告主張の収入以外に収入がなかつたものと推断すべきことは、後に判示するとおりである(四3)。

3  本件各事業年度中における原告代表者らの資産増加額に生計費等の支出金額を加えた金額と同人らの収入源の明らかな収入金額(その金額は、いずれも後に認定するとおりである。)とを対比すれば、前者が後者より著しく多額であることが明らかである。

4  以上の事実を総合すれば、被告が、原告は法人収支と個人収支とを混同したいわゆるどんぶり勘定による経理を行なつていて、原告の収入金額の一部が原告代表者らの預金その他の資産の取得費、生計費等として直接費消されていたものと認めたことは相当である。そして、弁論の全趣旨によれば、原告の収入金額のうち右のとおり原告代表者らが直接費消した金額は、原告の申告所得金額を構成していないいわゆる除外利益に相当することが明らかである。以上の事実に徴し、被告が原告の本件各事業年度の所得を推計したことは相当であり、被告が採用した推計方法は、原告の所得を推計する方法として合理性があると認められる。

5  原告は、昭和三八年度の除外利益が被告主張のとおりであるとすれば、年間一四一、〇四五人分(一日当たり四五二人分)の入浴料金収入の計上もれがあつたことになるが、このような非常識なことはありえない旨主張して、被告が採用した推計方法の合理性を争うが、文書の趣旨および内容により成立を認めうる甲第二二号証によれば、東京都の公衆浴場一店舗当たりの一日平均入浴人員が昭和三八年三月当時六二〇ないし六三〇人であつたことが認められ、原告は二店舗を有していたのであるから、たとえ推計の結果原告主張のような収入計上もれがあつたことになるとしても、そのことの一事によつて右推計の方法自体が合理的でないと断ずることはできない。

次に、原告は、使用水量一立方メートル当たりの入浴客数に照らし、被告の推計は不合理であり、原告の申告が合理的であると主張する。そして、右主張は、原告において本件各事業所得浴場営業用に水道水のみを使用していたことを前提としていることが明らかである。

しかしながら、いずれも成立に争いのない乙第二号証から第四号証までおよび乙第七号証、証人大湯満之の証言ならびに原告代表者尋問の結果によれば、原告は本件各事業年度当時目黒区および大田区の各店舗に掘井戸を設けていたことが認められるところ、証人大湯満之および原告代表者はいずれも原告は当時右井戸を浴湯営業用には使用していなかつた旨供述するが、たやすく信用し難く(甲第一三号証の一、二はその趣旨に照らし必ずしも右供述を支持するものとはいえない。)、原告は当時井戸水を浴場営業用に使用していたのではないかとの疑いを拭うことができない。そうすると、原告が当時営業用に水道水のみを使用していたことを前提とする原告の前記主張はにわかに採用することができない。

さらに、原告は、大湯満之が昭和四二年一二月に実施した実態調査の結果および同人の同年分所得税青色申告に基づいて算出した単位使用水量当たり入浴客数に照らしても、原告の申告は妥当であると主張する。しかし、証人大湯満之の証言およびこれによつて成立の認められる甲第一〇号証によつても、右実態調査の結果および青色申告の内容が正確なものであるとの心証を得るに十分でないから、原告の右主張もまた採用の限りでない。

四  推計所得金額

1  資産増加額

原告代表者らの本件各事業年度中の資産増加額が被告の答弁および主張2(三)の各A表記載のとおり(ただし、各年度の投資信託証券の増加および昭和三八年度の有形固定資産の増加分を除く。)であることは、原告が明らかにこれを争わない。そうすると、右資産増加額は、少なくとも次の金額を下らないことが明らかである。

昭和三八年度 二、七二九、九一五円

昭和三九年度 一、九六二、三八二円

昭和四〇年度 二、五七七、二五一円

2  生計費等の支出金額

原告代表者らの本件各事業年度中の生計費、不動産経費等、同人らがその収入金額から支出したことが明らかな金額が被告の答弁および主張2(三)の各B表記載のとおりであることは、原告が明らかにこれを争わない。

3  収入源の明らかな収入金額

原告は、本件各事業年度中に原告代表者らに被告の答弁および主張2(三)の各0表記載のとおりの収入源の明らかな収入があつたことを、明らかに争わないが、原告代表者には、その他にも収入があつた旨主張するので、以下にその点について検討する。

(一)  筒井円治からの利息収入について

原告代表者が本件係争事業年度中筒井円治に対して一、一四〇、〇〇〇円の貸金債権を有していたことは当事者間に争いがないところ、原告は、本件係争事業年度中筒井から毎月一分五厘の割合による利息を受領したと主張する。

しかし、右主張に副う(1)証人筒井円治の証言は、明確でなく、「利息は月一分五厘の約定であつたが、月一分に減じてもらつて支払つた月もあり、また、これを支払うことができなかつた月もある。」旨の甚だあいまいなものであり、(2)証人大湯満之の証言は、推測に基づくものにすぎず、(3)原告代表者尋問の結果は何ら具体性のないものである。そのうえ、筒井は、本件各事業年度当時極度の窮乏状態にあつて、国税の滞納処分を受けたが、国税徴収法第一五一条第一項に基づき財産の換価の猶予を受け、滞納国税を毎月一五、〇〇〇円ないし二五、〇〇〇円ずつ分納するため税務署長あてに振り出した約束手形をすら決済することができなかつたこと(成立に争いのない乙第二三号証の一から三までおよび乙第二四号証ならびに証人筒井円治の証言によつて認められる。)を考えると、原告の主張に副う前示各証拠はいずれもにわかに信用することができず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

(二)  割橋義松からの利息収入と元金回収について

証人割橋義松の証言およびこれにより成立の認められる甲第五号証の一(ただし、欄外の鉛筆書きの部分を除く。)によれば、原告は、昭和三七年四月一三日当時割橋義松に対し元金四〇〇、〇〇〇円、利息月二分、弁済期昭和三八年一月二二日なる貸金債権を有していたことが認められる。そして、原告は、割橋から本件係争事業年度中に右貸金元金の分割弁済を受け、また、右完済まで前記約定による利息の支払いを受けたと主張する。

しかしながら、いずれも成立に争いのない乙第一三号証、乙第一四号証、乙第一六号証および第一七号証ならびに前示証人割橋の証言によれば、割橋は、昭和三七年初頃以降東京相互銀行、横浜銀行戸塚支店および鎌倉信用金庫戸塚支店から多数回にわたつて年一割程度の利息で多額の借入れをしていることが明らかであつてこのように金融機関に対して信用があり、通常金利で資金の調達をすることができる立場にあつた割橋が、原告からの前記借入金を約定の弁済期である昭和三八年一月二二日までに弁済せずに、高利の利息の支払いを続けていたとは、容易に考え難いところである。

そして、原告の前記主張に副う証拠は、以下のとおり、いずれもその信用性に疑問がある。

すなわち、成立に争いのない乙第一九号証および乙第二一号証(いずれも割橋の供述を録取した東京国税局係官作成の聴取書)ならびに証人割橋義松の証言は原告の主張に副うが、これらを仔細に対比検討してみると、割橋が原告代表者に対して前記貸金元金の分割弁済をした回数およびその金額に関する供述が変転しているうえ、極めてあいまいである。

また、証人大湯満之は、甲第五号証の一の欄外の鉛筆書きの部分は、原告が本件について審査請求をしていた当時相談した会計事務所の所長が同証人の供述に基づいて原告代表者が割橋から元金の分割弁済を受けた年月日とその金額をメモしたものであると供述するが、同証人が右年月日と金額をどのようにして知りえたかについての同証人の証言は、割橋または原告代表者から聞いたり、銀行預金の増加等から割り出したものと思うというにすぎず、右メモ書きの内容の正確性を裏付ける証拠は何もない(銀行預金の増減は書証による立証が容易であるのにその立証もない。)。

さらに、前示証人割橋および同大湯の各証言によれば、甲第五号証の四(領収証と題する紙片)は、割橋が昭和三八年一一月か一二月に同年六月分から一一月分までの利息を原告代表者方に持参した際に大湯満之が原告代表者に代わつてこれを受領し、その証として作成して割橋に交付したものであるというのである。しかしながら、原告が何故に右甲第五号証の四を現に所持しているかに関する右証人割橋の証言をみると、大湯満之が昭和四三年四月一七日にたまたま割橋方を訪れた際、割橋が「うちにこういうものを置いてもしようがないから、これをお返しします。」といつて右甲第五号証の四を右大湯に返還したというであつて、不自然、不可解というほかはない。

右のとおりであつて、これらの証拠によつては原告の前記主張を認めるに十分でなく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

以上の認定によれば、割橋は、原告からの前示借入金を遅くとも約定の弁済期である昭和三八年一月二二日までに弁済したものと推認するのが相当である。

(三)  最上太一からの利息収入と元金回収について

原告は、原告代表者は最上太一から昭和三八年度中に貸金の元金の返済と利息の支払いを受けたと主張するが、これに副う甲第六号証(証人大湯満之の証言によりその成立を認める。)、証人金山信次および同大湯満之の各証言ならびに原告代表者尋問の結果は、成立に争いのない乙第九号証および証人内田英一の証言に照らし、とうてい信用することができず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

(四)  浴場業者某からの元金回収について

原告は、原告代表者は昭和三八年度中に目黒区内の浴場業者某から貸金元金の返済を受けたと主張し、これに副う証人大浴満之の証言および原告代表者尋問の結果がある。しかしながら、原告は右貸金の貸付先の氏名を明らかにしないばかりでなく、本訴提起前に被告および東京国税局協議官に対して貸付先は静岡市の鈴木武であるとか、山家某であるとか、虚偽の申立てをしていた(このことは、成立に争いのない乙第六号証および同号証により成立を認める乙第五号証、証人内田英一の証言ならびに原告代表者尋問の結果によつて明らかである。)ことに照らし、原告の主張に副う前掲各証拠はとうてい信用することができず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

以上のとおり、原告代表者に被告主張の収人以外の収入があつた旨の原告の主張は、すべてこれを認めるに足りない。

そして、このことに、原告が右主張を立証するために提出した各証拠の信用性について示した前記各判断および弁論の全趣旨を合せ考えれば、原告代表者には本件各事業年度当事被告主張の収入以外の収入はなかつたものと推断するのが相当である。

4  課税所得金額

そうすると、原告の本件各事業年度の推計除外利益は、少なくとも、前記1において認定した資産増加額と2において認定した支出金額(被告の答弁および主張2(三)の各B表記載のとおりの金額)との合計額から、3において認定した収入源の明らかな収入金額(同じく各C表記載のとおりの金額)を控除した金額であつて、次のとおりとなる。

昭和三八年度 二、一五九、一六七円

昭和三九年度 一、二一五、八四一円

昭和四〇年度 一、三三一、五二二円

したがつて、原告の本件各事業年度の課税所得金額は、右推計除外利益と原告の申告所得金額を合計し、なお、昭和三九年度および昭和四〇年度については、前年度更正分所得にかかる事業税の金額(これが被告の答弁および主張2(三)の各D表に記載のとおりの金額をこえないことは明らかである。)を控除した次のとおりの金額を下らないというべきである。

昭和三八年度 一、八一三、七一六円

昭和三九年度 一、四一五、六四七円

昭和四〇年度 一、五八九、一〇七円

五  結論

してみれば、被告が各更正において認定した原告の所得金額は、各事業年度とも、右に判示した課税所得金額の範囲内であるから、被告がした各更正は適法であり、右更正にかかる所得金額を基礎として算出される法人税額に基づいてした過少申告加算税の各賦課決定もまた適法である。

よつて、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用は敗訴の原告の負担として、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 青山正明 裁判官 石川善則)

別表

〈省略〉

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